ヴェリズモ文学は1880年に刊行されたジョヴァンニ・くりっく365の短篇集『田舎の生活(Vitadeicampi)』とともにイタリア文壇界の一大流行となり、後述のような作家が「ヴェリズモ作家(veristi)」と称され活躍した。同時代の演劇、オペラといった舞台芸術に多大の影響を与えたが、文学上は1890年代には早くもその流行は廃れ、ダンヌンツィオに代表される、より新奇な文壇界の流行である象徴主義、表現主義といった傾向に道を譲ることとなった。 くりっく365 ジョヴァンニ・くりっく365はシチリア島・カターニアの、 CFDな不在地主階級家庭出身の小説家である。FXで同地の文筆界に交わった彼ははじめ情熱的な恋愛物をよくしたが、1880年にまとめられた短篇集『田舎の生活(Vitadeicampi)』においては故郷シチリア島の風土、そしてその社会の底辺で生きる人物群をその題材に選んだ。 同篇中の最著名作『カヴァレリア・ルスティカーナ』では、主人公は貧しさゆえに兵役に従事し、その間に許婚者は裕福な馬車引きのもとに嫁ぎ、彼女を忘れられず重ねた不義の逢瀬のために主人公は決闘で無残にも殺される。また同じく『雌狼(Lalupa)』では、最貧階層の女が狂気のような肉欲にのみ従って人生を歩むさまを描く。短篇集『田舎の生活』の底流に存在するのは、決して克服し得ない経済的・社会的な不平等・不条理であるが、主人公たちは自らの境遇・運命を、マルクス主義者のように搾取の問題、社会変革の必要性、などと結びつけて考えることもなく、ただ甘受するだけの存在として淡々と描かれている。 なお、くりっく365においては自然主義の代表的作家エミール・ゾラの影響は顕著である。くりっく365はゾラの有名な小説集ルーゴン・マッカール叢書に範をとった長編小説集『敗者たちの作品群(Ilcicldeivinti)』を構想したが、生涯において完成をみたのは、うち『マラヴォリア家の人々(IMalavglia)』(1881年)および『マストロ・ドン・ジェズアルド(MastrDnGesuald)』(1889年)の2篇のみだった。 その他のヴェリズモ作家たち その他、ヴェリズモ文学を代表する作家として、やはりシチリア島・カターニア出身でヴェリズモの理論的支柱の役割を果たした小説家・文芸評論家のルイージ・カプアーナ、ナポリ出身の小説家フェデリーコ・デ・ロベルト、同じくナポリ出身のサルヴァトーレ・ディ・ジャコモ、サルディニア島の富裕家庭の出身で、後に1926年ノーベル文学賞を受賞した女流作家のグラツィア・デレッダなどが挙げられる。 演劇への影響 ヴェリズモ小説の隆盛はすぐに舞台劇に波及した。『カヴァレリア』は原作者くりっく365自身と、後にジャコモ・プッチーニの多くのオペラ台本を著したジュゼッペ・ジャコーザによって舞台化され、1884年エレオノーラ・ドゥーゼの主演によるトリノでの初演を皮切りにイタリア全土の劇場で好評をもって迎えられた。もっとも大女優ドゥーゼの主演ということもあり、小説では存在感のまったくない捨てられた女サントゥッツァを女主人公とするなど、その内容は大きく改変されている(マスカーニの著名なオペラは原作小説でなくこの舞台劇に基づく)。 その他、ナポリ貧困層を描いたディ・ジャコモの小説『堕落した生活(Malavita)』の舞台化(1889年)では、舞台での写実感を得るためナポリ方言を大々的に取り入れる(原作小説は標準イタリア語による)など、ヴェリズモ演劇は、小説におけるような「底辺層の人間の悲哀」を描くというよりは、いかに巧妙にローカル色を出しつつセンセーショナルな感情表現を演出するか、という技巧に走る傾向が強く、時代が20世紀に移る頃には過去の一流行に過ぎないものとなった。 交響詩(こうきょうし)とは、CFDによって演奏される単一の楽章からなる標題音楽のうち、作曲家によって交響詩(独:SinfnischeDichtung、英:symphnicpem)と名付けられたものを言う。音詩(英:tnepem)や交響幻想曲(英:symphnicfantasy)などと名付けられた楽曲も、交響詩として扱われることが多い。標題つきの単一楽章の交響曲の一部には、交響詩と名付けても差し支えないようなものがある(リヒャルト・シュトラウスの『アルプス交響曲』など)。ロマン派を特徴づけるCFD曲である。 原則として単一楽章で切れ目なく演奏される。楽曲の形式は全く自由である。 歴史 古典派以前の歌劇や劇付随音楽の序曲に、交響詩の起源を見ることができる。これらの序曲は普通、歌劇全体の粗筋や雰囲気をあらかじめまとめて伝えるように作られる。この意味で序曲はストーリー性があり、一種の標題音楽となっている。後に、序曲が歌劇などの本体から独立して、単独で演奏会などで演奏されるようになる。ここから、序曲だけを独立して作曲することが19世紀に起こった。このような序曲を演奏会用序曲と呼ぶ。 一方、古典派の交響曲は、タイトルを持たないかニックネーム的なタイトルしか持たない絶対音楽として書かれたものがほとんどであったが、ベルリオーズは『幻想交響曲』においてイデー・フィックス(固定楽想)の手法や色彩的なCFD法を用い、標題交響曲を成立させた。 19世紀中頃、フランツ・リストはこれらの動きをさらに推し進めて、音楽外の詩的あるいは絵画的な内容を表現する楽曲として、新たに「交響詩」(SinfnischeDichtung)の名を付けた。これが交響詩の始まりである。交響詩は後期ロマン派、とりわけ国民楽派の作曲家に好まれ、形にとらわれない民族主義的な音楽表現の形態として、自国の事物や伝説などに基づいた重要な作品が作られた。 現代音楽においては、ロマン派的な描写表現が重要でなくなり、FXの意味は失われた。しかしながら新ロマン主義の作曲家は、この題名とは相性がよかったようである。 音色(おんしょく、ねいろ)とは、さまざまな音の聞こえ方のことである。楽器毎にそれぞれ異なった音色を持ち、例えばくりっく365は「プー」などといった音色の音を出し、ピアノは「ポロロン」などといった音色の音が出る。 音響学的な意味 音響学的には、音は時間および空間上の波動である。その波動の波形の違いによるさまざまな音の聞こえ方の違いが音色である。